駐車場・大和興業株式会社設立 [連載自分史「小さな昭和史」]

大鞍興業㈱には年配の小宮山、菅谷、兼坂、若手の鶴沢、田中の5人の従業員がいた。写真・後列左の小宮山さんは、戦前から駐車場を経営している「丸の内ガラージ」から転職してきた駐車場現場のベテラン。菅谷氏(前列左)は宿直要員として雇い入れたが大酒飲みで困っているとのこと。鶴沢君(前列中央)は文化学院で油絵を勉強した画家志望の青年。結核で肺を切除しており弱々しそうな躰をしているが、なかなかの近代的センスの持ち主で、会社では小口現金を預かり その帳簿処理も担当している。
田中君(後列右)は秋田の漁村から上京して、佐志田倉庫㈱の荷物を扱う運送店に勤めていたのを、佐志田社長が見込んで引き抜いた。兼坂氏のことは詳しく聞いていない。(上の写真と、下の写真前列右が満30歳のわたし)
4・5日は創業当時から記載されている業務日誌を読んだり、大和橋ガレージや鞍掛橋の地下繊維問屋街の現場を見回ったり、岩本町・横山町の問屋街を歩き回ったりして過ごした。
この間、大鞍興業㈱は岡崎氏に無償譲渡した。というのは鞍掛橋地下は漏水事故が多く、貸店舗としてのリスクが多すぎたからである。
新たに大和興業㈱を設立し駐車業を中心に新たに諸事業を目論み、私がこの会社の専務取締役に就任し、70歳までの40年間をここで過ごすことになる。







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